“死”がドアを叩く時、我々は叩き返す。
田舎の街に引っ越してきて、俺の頭の中は小説のアイデアでいっぱいになった。家は小さくて質素だけど、シンプルさと飾り気のない家具に囲まれていると、色々なストーリーが浮かんでくるものだ。
「ここで最高の小説を作るぞ!」と自分に誓った。何年もの間、孤独に耐えながら物書きをしてきたけど、それがやっと報われたんだ。どういうことかって?
ついに俺の小説が出版社の目に留まって、出版の支援をしてくれることになったんだ。
せっかくこんなにいい街に来たんだから、生産的なことをしようと思って、着いてしばらくはずっと執筆に時間を費やした。書き出すと止まらなくて、一気に1章分を書き切ってしまった。気づけば外はもう夕方になっていた。
飯でも食うか、と独り言を言い、俺は随分仕事が進んだことに満足して立ち上がった。それで、街をぶらぶらして、いい感じの飯屋があるかどうかを探すことにした。家を出るとすぐに、小柄なお婆さんがいた。そのお婆さんは目を輝かせてこっちを見て、「あら、あなたがこの町の新しい住人ね」と話しかけてきた。
「私はポリー、お隣さんよ」
ポリーには、俺の死んだ婆ちゃんのような面影があった。ポリーの服の匂いを感じ、愛情深い目を見ると心が安らぐような気がした。俺は自己紹介をして、もしよければ時間があるときにお茶でもしませんかと尋ねた。ポリーは”いつでも大丈夫よ。”と言ってくれた。
「この辺に良いレストランはありますか?」と、俺はポリーに聞いた。
すると、ポリーはいきなり困惑した顔に変わり、そしてすぐ哀れみの表情を俺に向け、首を振って、「今はどこも開いていないわ。家に戻って鍵をかけた方がいいわよ。もし何か食べたいなら、今夜は私の家に泊まってもいいわ。大歓迎よ。」と言った。ありがとうございます、と返事をしようとして彼女の方を向くと、なぜか彼女は急いで俺の隣の家に入って、家の鍵を閉めていた。正直、ちょっと戸惑った。なんでポリーは俺を泊めようとしたんだ?なんで俺が返事をする前に自分の家に戻っちゃったんだ?まあ、老人ってのは少し変なところがあるものか、とその時は思った。
それで街の散策を続けることにして、狭い通りを歩いてると、通りに面してるドアが全て閉まっていることに気づいた。しかも、かなり長い間散策しているのに、人を一人も見かけない。やっと運よくレストランの看板を見つけて、そっちの方に行って入口までたどり着いたが、そこもドアが閉まっていた。
「おいおい、7時なのにもう閉店かよ」とため息をついて、がっかりして帰ろうとしたとき、地面に「三回ノックして自己紹介してください」という看板が落ちているのを見つけたので、ノックしてみることにした。ノックすると、中からノックし返す音が聞こえてきた。どうして中の人がノックし返してくるの?なんでドアを開けてくれないの?と多くの疑問が頭を駆け巡った。
「ウェイドと言います、何か食べられるものはありますか?」と俺はドアに向かって言ってみた。
するとドアが少し開いて、小さな男の子が顔を出した。
「何をしているのですか?」と、男の子は俺に心配そうに尋ねてきた。
少しお腹が空いていて、何か食べ物が欲しいと伝えると、彼は困惑した表情のまま首を振った。
「ダメです。家に戻って鍵をかけてください。さもないと、あなたの想像力が追いかけてきますよ。」と冷静ながらも、俺を急かすような口調で言った。
想像力?こいつは何を言っているんだ?
俺が困惑した顔をしていると、男の子はは何かに気付いたようだった。
「あなたは新しい住人ですね。この町は呪われているので、急いで家に戻って鍵をかけてください。そうしないと、想像力に取り憑かれますよ。頭を信じてはいけません。戻るのです。そして、誰かがドアをノックしたら、ノックし返すのです。」と言い、すぐにドアを閉めた。
俺はしばらくそこに立ち尽くし、それから笑った。呪いだって?この町は本当に物書きにとってまたとない場所だと思った。普通の住人も作り話をしてるのだから。ドアを閉めるのは地域の文化なのか、それとも本当に呪いを恐れているのかが俺は気になった。多分本当に呪いを恐れてるのだろう、なんだってここは現代的な町ではないのだから。
ふと空を見ると、これから嵐が来そうなような空模様だった。風が突然強くなったので、外食はやめて夜は家でラーメンを作るくらいが一番良いと思った。急いで家に戻った。自分の家がある通りに入ると、あたりは真っ暗で、どの家も明かりがついてなかったので、電話を取り出して懐中電灯を点けた瞬間、俺の心臓は止まりそうになった。ポリーの家のドアを、大男が叩いているのが見えたのだ。しかし、俺の目が光に慣れるとその大男はすぐに消えた。唯一、その男には目がないことがわかったが、大男はすぐ消えてしまったので、それ以外のことはわからなかった。自分の心臓はバクバクだったが、あたりはシーンとしていた。なんとか勇気を出して笑おうとするのにも時間がかかった。少し時間が経って、「あんなところに人がいるわけない、馬鹿馬鹿しい」と俺は気を取り直して家に戻った。
家に帰ってドアを閉めると、テーブルの上に執筆中の自分のミステリーの小説が置いてあった。さっきの経験のおかげで、たくさんの新しいアイデアが浮かんできて早くそれを書き留めたい気持ちでいっぱいだったので、思わずニヤついてしまった。でもまずはお腹を満たさないと、大男に殺される前に腹が減って餓死しちまったら元も子もないと思って、俺はラーメンを作り始めた。もう少しで作り終わるというときに、ノックの音が聞こえた。ノックを聞いて、身の毛がよだつような思いがした。そのノックは、普通のノックとはかけ離れていた。
“こん、こんこん、こん、こんこんこん”
偶然だよな?俺の聞いたノック音は、俺が書いた小説の中で主人公がする特徴的なノックの音と全く同じだったのだ。小説を書いているときに想像していたビートとリズムと一寸の違いもない。
「誰だ?」と俺は尋ねたが、返事はなかった。
その時、俺はふと少年の言葉を思い出した。「誰かがドアをノックしたら、ノックし返すのです。」
でも、本当にノックし返すべきか?呪いなんてものは現実的じゃない。ドアの向こうに何かががいて、その何かはノックをし返すことを望んでいるなんてことを信じるほど俺は馬鹿ではなかった。でも、心の中ではノックをし返さないと大変なことが起こると信じている自分もいた。ノックをし返したい気持ちは強かったが、俺はしなかった。
“ノックをし返さないの?大丈夫?”と声が聞こえた。その声は、他のどの声でもなく、俺の小説に出てくる主人公の娘の声だったのだ。主人公の娘のシーンを書いていたときに想像した声と全く同じだ。作中で彼女は殺されてしまうのだが、、、でもなんでこんなことが?恐怖と混乱が頭の中を支配して、俺は何もすることができなかった。
「開けて」と少女の声が外の嵐の中で響いた。
俺はただそこに立ち尽くした。体は動かなかった。その時、ドアが壊されて、俺は彼女の姿を見た。俺が頭で想像していたままの姿だった。
「読者は私を殺した犯人を知りたがる。それが物語の一番重要なところよね?」彼女は泣きながらも笑った。「でも読者はどうせ気づかないのよ。犯人はあなたなの。お前が私を殺したんだよ!」俺は凍りついた。動けず、話せず、呼吸もできなかった。息が詰まって、地面に倒れ込んだ。息をしようとしても、空気が入ってこない。その時、「彼を放して!道連れは私にして!」という弱い叫び声が聞こえた。振り返ると、ポリーが少女の背後に立っているのが見えた。ポリーはとても怖がっているように見えた。少女がポリーの方を振り返ると、ポリーは息ができなくなり、俺は解放された。俺は深く息を吸い込んで立ち上がったが、ポリーはもうすでに死んでいて、少女はいなくなっていた。
その日以来俺は夜に外出していない。そして、“死”がドアを叩く時、我々は叩き返すのだ。